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論理ニコマス論考

今日は過激なお話。
そして普段から思っていることを書きます。



論理哲学論考という本がある。
稀代の天才哲学者ウィトゲンシュタインが生涯唯一刊行した書籍だが、この本は非常に興味深い。

自分が少年期に非常に影響を受けた人物には、パウル・ティリッヒがいるが、このルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインからも少なからず影響を受けているだろうと思う。

この論理哲学論考という本は、ウィトゲンシュタインが大体30歳のころに完成した(出版は諸事情で数年後になったが)著作だが、その主旨を簡潔に述べると「哲学者自重しろwwww」というものである。

要は、古典哲学の時代から問われてきた形而上の問題――生命の意味・時間・善悪・神の存在――などといった命題は、哲学が取り扱うべきテーマではなく、それらは論理をもって論じるようなものではないと言うのだ。
それは言語では語り得ぬもの、ただ人に対して示されるだけのものであると。

これをニコマスに例えて言えば、春香さんとか雪歩とか千早とか、各アイドルの内面についてニコマスPが言語によって論じることなど、まったくナンセンスである、ということだ。
それらは感想の表明、互いの認識の発表会以上の意味を持たない。
そこには言語=論理を用いることによる対象の体系付けなどあり得ないということだ。
ニコマスにおいて言えば、この世界にはアイマスについて決定的な権限を持つ者が存在しない。
原作者は世界の外にいる。
まるで神のようなモノである。
神はニコマス界におけるバンナムのようなもので、存在を存在させる存在である。
神は特定の秩序や体系の頂点に君臨するのではなく、秩序や体系を根底で支える何か、あるいは秩序や体系それ自体だ。

バンナムが内に持つアイマスの諸要素についての意図を、ニコマスPが代弁することなどできない。
よって、ニコマスPがどこまで深くアイマスを描いたところで、それは部外者の感想や認識の発表に過ぎず、そこには最早変質したアイマスしかない。

ここにおいて、ニコマスの大いなる矛盾が浮き彫りになる。
誰もが皆、アイマスにしか興味が無いのに、ニコマスにあるのはPが作り出した変容したアイマスであるということだ。
PVや、ノベマス作品それ自体に視聴者は興味を持つのであって、決してPに興味をもって視聴者は作品を視聴するのではない。
Pの作品語りや動画論、各アイドル論など、視聴者は求めてなどいないし、それはPの自慰に過ぎない。
自分は過去にも各アイドル論というものの意義を否定してきたが、そもそも部外者がアイマスについて語るということに、感想の表明以上の意義があるわけがないのである。

ニコマスではとかく深い作品、重い作品が評価されがちだが、それがどんなに深く重かろうと、それはPのオナニーでしかない。
それは他のPが片手間に作った自己確認用のテスト動画と、本質的には何ら変わらない。
頂点Pの作る極限まで美しいPVも、長く視聴され続ける名作ニコマスも、結局はテスト動画と同質である。

あとはそれを好む人間の多寡の問題であり、それは根源的な動画の存在価値とは無縁の話となる。

そもそも人様の作った作品に乗っかってオナニーをしているのだから、そこに真っ当な自己表現や社会性が宿るわけなどないのだが、それでもニコマスにおいてアイマスの何かについて問われたなら、自分はウィトゲンシュタインの言葉によってこう答えよう。

「およそ語られうることは明晰に語られうる。そして、論じえないことについては、Pは沈黙せねばならない」
自身の感想として、アイドルを語るのはいい。動画を語るのもいい。
だが、それがニコマスという擬似社会において体系的な意味を持つなどと思ってはならない。
それは決して論理とはならないからである。
その『論理』の真偽を判定する唯一の権利者が、この世界には存在しないのだから。


だから「このアイドルといったらこのP」と呼ばれるほどに定評を得ているPたちよ、驕ってはならない。
あなたたちはアイドルの何かについてわかっているつもりになっているかもしれないが、もしそうだとしたら、それは「自分がわかっていると思っていることすら本当にはわかっていない」。
もし誠実さをもってアイドルと接するなら、わかるのは「わからない」ということだけであるはずだ。

そして自作が伸び悩み、評価されないことに思い煩うPたちよ、自身を卑下してはならない。
今あなたの作品にはたいした価値がないかもしれないが、頂点Pの作品もまた同様にたいした価値はない。
ここでもウィトゲンシュタインの言葉を借りるが、「ニコマスの中には、いかなる価値もない。仮にあるにしても、その価値にはいかなる価値もない。」


この記事が現在のニコマス界隈に対して過激なことを提言している、ということはわかっている。
だが、ニコマス作品の得る評価が全てPに帰属し、誰もが皆バンナムに対する感謝と敬意を忘れるというのなら、そんな界隈は廃れてしまえばいい。
あのPの作る作品は素晴らしい、このPの作る映像は素晴らしい。
よく聞く言葉だが、アイマスは元から作品として素晴らしいし、アイマスは元から映像として美しい。
ただそれだけの話である。
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なかなか深いお話でした。
ストーリー性を含む作品は見るのも作るのも好きなので、
胸に突き刺さりました。。。

ストーリー系のものであろうと、なかろうと、
ニコマス作品は確かにPのオナニーのようなものですよね。
アイドルたちを妄想してオナニーをしていると聞くと、聞こえは悪いですが、
アイドルが好きすぎてたまらないので、その気持ちを具現化してみた。
そして、自分と同じくアイドルが好きな人々とその気持ちを共有したい。
これが自分の行動原理ですかね・・
そこに映像としてのクオリティも伴えばなおよし、ということで頑張ると。

アイマスを単なる映像作品の素材として捉えてる人もいるかもしれないですが、
殆どの人は、アイマス(バンナム)や使用する楽曲への愛を持って
制作に臨んでいると信じたいですね。

あと、作品はオナニーで無価値なものかもしれないですが、
他人に何かを伝える、偉そうですが感動を与えるという行為そのものは、
僕は非常に尊く価値のあるものだと思ってます。
それに対して慢心したり、驕るのは間違いですが。

無価値と知りつつ、どこかに価値を見出したい。
ちかたない、だって人間だもん^^   長文、失礼しました。

>>ぷっつんP

作品が無価値かどうか、それは知りません。
ただ論理的には、価値などと言う概念は存在しない、ということが(ウィトゲンシュタイン的思考では)言えるとは思います。

あとは、個人の信仰の問題です。
そこに価値があると、決断して信じるなら、あとは論理ではなく宗教のお話になります。

自分は、というと、自作品にこれといった価値は見出していません。
自作品をご覧になった方々が、そこに何かを見出して喜んだり、楽しんだりしてださっているのだとすれば、それは幸せなことですが、しかしいずれにせよ自分はそのようなもののために動画を作っているのではなく、ただ自分が見たいものを形にしているだけに過ぎず、どんなに自省してもこれは自慰以外の何物でもないなと結論するのです。

その他の結果(視聴者がどう評価してくれたか等)については、自分は何も認知しません。
この世界に結果など存在しないと思っています。

おいおい、深いな・・・・・・

dbdbPが何者だか俺にはさっぱり分からないんだぜ・・・・・・

でも、言ってることはなんとなくわかる気もするんだぜ。
難しくって根本はわかってないだろうけどね。

>>みゅうP
dbdbPはただの変態ですw

もちろん、dbdbは朝食を食べない。

論理哲学論考を多階層に適用するのは未だに馴染めんなぁ。
論理哲学論考それ自体に価値がないという矛盾を解消するための分岐点がわからんので。
言葉で語り得るものと、言葉で語り得ぬものを決定するのは詰まるところ観測者の視点であり、意思ではないかと。

ぶっちゃけ、底(バンナムの位置ね)にニコマスを置こうがPを置こうが体系だかなんだかは作れるし矛盾しない。
そしてバンナムへの敬意とも矛盾しない。
「わからない」と「俺はこう思う、思いたい、思ったんだよ!」というのも矛盾しない。
総てに価値がないというのは総てに価値があるというのと同義な気がする。
個人的には万物斉同論と根っこは同じなのかなぁと思った記憶が。

まぁあれだ。
『価値がない?だ が そ れ が い い !』
とか素で言ってニヤリと笑うような連中なんだもん。
伊達と酔狂を考慮せずに断じてもなぁと。


うまく言えないけど、最後の段落だけ何度読んでも話が繋がらなかったので。
バンナムもPも、ニコマスMADもアイマスも、純粋な存在なんかじゃないわけで。
良いとこもあれば悪いとこもあるし。
互いに対立する概念ってわけでもなし。
人によって好き嫌いも様々で。
だから、うん、片方を守るために、片方を蹴落とす必要はないんじゃないかなぁ。

>>damehumanoidさん

まあ、論考自体は引き合いに出しただけですので、あまり論考の解釈について議論するつもりはありません。
ウィトゲンシュタインについての解釈というのは、人それぞれかなり違うことが多いですし。
それに、自分としても論考を全面的に評価するわけでもありません。

自分がこの記事で言いたかったのは、何かを否定することでもなく、何かを肯定することでもありません。
ただ、事実として、ニコマスの無価値性を再確認したかった。
ここで言う無価値とは、価値が無いというよりは、そもそも価値という概念自体が存在しないという風に捉えていただいたほうがいいかと。

それに対して、価値はあるよと仰る方々も、たしかに価値なんてないなあと仰る方々もいるでしょう。
しかしそれはそれぞれの信仰の問題ですから、自分は何も言及するつもりはありません。

だめひゅさんの仰るとおり、ニコマスは伊達と酔狂の世界。
けれど、最近どうもそれだけでは無いようです。
だからこの記事を書きました。

うまく言えないけど、とのことなので自分もうまくだめひゅさんの意図を汲むことが出来ているか自信はありませんが、恐らくだめひゅさんのように考えておられる方には、この記事は全く必要がないのです。

どもども

興味深く拝読しました。
「2次創作の一人歩きに一石を投じたい」
自分はそういう風に感じました。
ただ、アッシはムツカシイ話は苦手でやんして、
どうにもこうにもw

>ニコマスは伊達と酔狂の世界。
>けれど、最近どうもそれだけでは無いようです。

こう思うに至った事例なんぞが取り上げられると、
読む側としても見えてくるものがあるような気がいたしますね。

同人の二次設定を尊重する余り、
原作を疎かにするような人が増えてきたのかしらん?

アッシにゃちょいとわからんのですががが。

>>tentenさん

どうも、コメントありがとうございます。

>ニコマスは伊達と酔狂の世界。
>けれど、最近どうもそれだけでは無いようです。
この部分については、だめひゅさんとのやりとりの中で生まれた文章でして、言いたいことの核心を突いてはいるものの、実際の記事の中では書かなかった表現になりますね。

そう思うように至った事例、として、たとえば特定のPや特定の作品があるわけではありません。
あるとしたら、ニコマスPの内側に広がる空気感、でしょうか。

ただ、一つのメッセージとして、「盛り上がるのも、誰かを褒め称えるのもいいけど、自分たちがやっているのが二次創作だという一線だけは弁えとけよ」、というのがあるのは、tentenさんの仰るとおりです。

しかしながら、何分普遍的に全てのニコマス民へ批判を向けているようにも取られかねない記事だったようで、その辺りで「一体誰に向けて言ってるんだ?」という疑問を感じられた方々も少なからずいらっしゃるようですね。
まあ、もしかして俺に向かって言ってるのか? と一度自問してみていただきたい事柄ではありますが、もし信念を持ってニコマス活動をされているのであれば、自分としてはその方のその活動を全力で応援いたします。
アンケート結果公開中!!
ニコマスライフに関するアンケート結果を公開中!!
どうぞご覧下さい!
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Author:dbdbP
PV系が主戦場。だけど他の畑にも行ってみたい。そんな繊細なお年頃。ネタ作品はあまり作らないけど、頭の中はネタだらけなの。
みんな甲乙つけがたくて誰が俺の嫁とか選べないけど、そこを敢えて断腸の思いで一人選ぶなら、間違いなくダントツぶっちぎりで春香さんですね常考。
リンクに連絡は不要です。好きにやっちゃって!
でも連絡を頂いたら、喜んで相互リンクさせていただきます。
※あまりにアイマス・ニコマス・dbdbPと無関係すぎる歪みねぇサイトはダメかも?

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