スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

少女はもう、下を向いては泣かない

ご存知の方はすでにご存知の通り、近頃水着マフラーが流行ってますね!

何それ? という方は、pixivやニコ動でタグ検索すると見つかりますので、見てみるといいかも。

この水着マフラー、一体何なのか簡単に説明すると、水着を着た上でマフラーを巻く、それだけなのね。
水着をマフラーのように首に巻くわけでも、マフラーを水着として着るわけでもないのね。
極めて単純明快に、水着とマフラーを同時に着用するだけ。
それが水着マフラーなのです。

で、これがなぜかpixivで流行りだして徐々にその数を増やし、少し前からニコマスにも伝染してきたりしてるわけですが、水着マフラーの一体何が魅力なのでしょうか

今日はそれを考えてみたいと思います。




まず、水着マフラーを水着とマフラーに分解して考えてみる。

水着
水着の魅力が何であるか、というのは最早愚問と言ってもいいほどですが、かといってそれで割愛するわけにもいきませんので、再確認の意味も含めて考察してみます。

まず第一に、水着と言えばその露出の高さが特徴でしょう。
体のラインの出やすさといい、水着から連想される夏という季節や、水着を着用するシチュエーションに関連するイメージ等々、刺激的な要素がぎっしりです。
その顕著な例がスク水で、設定された秩序の中、強制的に女子と薄布一枚で同じ水の中に浸かる「水泳の時間」という異常空間の強烈なイメージは、我々の生物学的に健全な欲求を掻き立てるに十分すぎるほどの威力を持っています。

水着とはそういった非日常の代名詞であり、それら刺激的な記憶を活性化させるためのトリガーとしての役割すら担う「記号」として成立しているのであります。


マフラー
一方、マフラーの魅力はその平凡さ、安心感にあります。
マフラーから想起されるのは温かさ、柔らかさといった安堵を誘うイメージですが、それだけでなくマフラーを巻いた女の子の、顔を毛糸に埋めて白い雲を吐く様子がどこか微笑ましく、庇護欲をそそられたりするわけです。
それは冬を寒さを防ぐ為のごくごく常識的な手段であり、毎日の通勤通学といった生活の中で何気なく見かける光景です。
マフラーとは日常なのです。
温かで、まったりと流れて行く平穏な時間や、とりとめもない柔らかな談笑のひと時のような、少し切ないあの日の思い出のような、穏やかさや安心感を求める人の情動、それがマフラーの魅力と言えるのではないでしょうか。


この相反するマフラーと水着を一緒にしたら、一体何が生まれるのでしょうか。
水着はその解放感と非日常性から、少女の活動的なエネルギーをワイルドなまでにアピールし、その逆を行くようにマフラーは、暖かな包容力で少女を護り、穏やかで可憐な少女の儚さを浮き彫りにします。
夏の装いと冬の防寒具、という季節性の矛盾だけでなく、提示しているものの二面性が、そのまま少女の二面性へと転移していくのです。

人間というのは、常に二面性を持っています。
ですが、二面性を「持つ」とは本来おかしな表現で、厳密には二面であることなど出来ないわけですから、人は二面のうちどちらか一面でなければならないわけです。少なくとも、一時的に。
つまり、人間とはその二面の狭間、境界線の上に立ち続ける限界存在である、と言うことができます。
理想と現実、本質と実存、有と無、無限と有限、時間と空間、可能と不可能、過去と未来、既知と未知、完全と不完全。
様々なものの境界線上に、人間は立ち続けるわけです。
それは少女においてもそうですが、人間本来のその境界線に、さらに少女ならではの危うさ、移ろいやすい神秘的なまでの美しさが加わります。
大人の女性と無垢な少女の間で揺らぐ彼女達は、ときに戦士の瞳で獰猛に戦いもすれば、深窓の姫君のように慎ましやかに瞳を伏せたりもするのです。

水着マフラーが魅力に溢れているのは、それを纏う者の本質が水着マフラーの示すイメージと合致するからです。
ファッションとは着る者の内面を反映して初めて輝くものです。
だからこそ、水着マフラーは少女達を彩ってようやくその輝きを外へと放つのです。

水着とマフラーの奏でる二面性、矛盾、不可解さ。
それらがまさに少女という存在の二面性や矛盾、そして我々異性から見た少女の不可解さ、神秘性を具体化しているのです。
そして少女のそれらのイメージが、水着マフラーのアンバランスさを加速させることによって、まるで遺伝子の二重螺旋のように二つで一つの人間の真相を描き出すわけです。

何気ないギャップ萌えだと思われがちですが、そうではありません。
水着マフラーとは人間存在の深みに根ざした一種の思想であり、その不合理性の故に見る者に世界の奥義を諭すのです。

水着マフラーを纏う少女は、自らの二面性と矛盾を受け止め、その上を歩むことを決意しているのではないでしょうか。
たとえその道の上で泣いたとしても、境界線の上から足を踏み外さないために、涙目で前を見つめ続けるのではないでしょうか。
水着マフラーの彼女達はみな、そのような気高さや誇りを内に秘めているように思うのです。



少女はもう、下を向いては泣かない。




だがアストロガールマフラー、てめえはダメだ。
いくら考えてもわけがわからねえ。せめてマフラーは宇宙服の中だろ!!


※柏城Pと朗読Pに、アストロガールマフラーについて書けと言われたので。史上最凶の無茶振りですたw
スポンサーサイト

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

誰も得をしない話

pixivから波及した水着マフラーの流行が、ニコマスの一部で局地的なパンデミックを引き起こす中、その魅力の根源に迫る無駄話秀逸な記事をdbdbPが書いてくれました。 さて、水着マフラーに関してはそちらの記事で十分に、そして入念に考察がなされていますので、こちら...

コメントの投稿

非公開コメント

アストロガールマフラーに罪はないもん!!><

まあ水マフの方が断然良いんですけど。

>>柏城P
水マフがここまで大きくなるとは正直全然思ってなかったんだけどw
まあ、でも一つの流行の成長を感じることが出来たのは、興味深い体験だったかな。
フヒヒ!

甘いなdbdbくん。
この論にはマフラーとは本来
「防具」であったという考察が抜けている。
水着もまたしかりで、
これもまた機能面から考察すると極めて
アクティブなウェアであることがわかる。

このふたつのアプローチから、
水マフとは単なるファッションではないことが
判明するわけだ。

結論から申せば、水マフは戦闘装束なのだ。
水マフがくの一の姿に似ているのは
決して偶然でも錯覚でもない。
防寒具にして急所を保護するマフラー。
最大の武器でもある肉体を誇示することで
敵の虚を突き、色香で惑わすうえに
最大限の運動パフォーマンスを可能とし、
かつ水中行動にも適応する水着。
闘者の姿を極限まで追求すると、
水マフに辿り着くのだ。

ではアスマフとは何か?
これは防具と防具の組み合わせだ。
アストロスーツは頚部に接合面があり、
ここから気密性が損なわれる可能性が高い。
その場合、緊急に気密を保持するために
マフラーが有効なのは明白である。
これは臆病で用心深い者の装備だ。
つまりアスマフの中にいるのは雪歩である。
UFOでやってきた宇宙人に授けられた
叡智であり、雪歩と大宇宙の関係性を
端的に現しているともいえよう。
マフラーを制する者は宇宙をも制すのだ。

>>cha73さん
さすが、鋭い視点で切り込んでおられる。
自分もまだまだ、思索を深める訓練をしなくては・・・

でも今気付いたんだけど、水マフの魅力って、もしかして「なんかかわいい」ってことじゃね?!

あとアスマフはサポート外なので、その件については柏城さんにお問い合わせくださいw

いやね、ピクシブを眺めてたら、
なんかみんなダークヒーロー風の
水マフを描いてたりしてさw
そっから思いついたんだけどもw

>>なんかかわいい
バカっぽいのがいいのかもなあw

>>cha73さん
足元が子供っぽいビニールの長靴とかだったりするとさらに可愛いかもw
アンケート結果公開中!!
ニコマスライフに関するアンケート結果を公開中!!
どうぞご覧下さい!
こちらから
twitter
dbdbP
http://twitter.com/dbdbP
やよいが歌ってるだけbot
http://twitter.com/yayoi_utau
プロフィール

dbdbP

Author:dbdbP
PV系が主戦場。だけど他の畑にも行ってみたい。そんな繊細なお年頃。ネタ作品はあまり作らないけど、頭の中はネタだらけなの。
みんな甲乙つけがたくて誰が俺の嫁とか選べないけど、そこを敢えて断腸の思いで一人選ぶなら、間違いなくダントツぶっちぎりで春香さんですね常考。
リンクに連絡は不要です。好きにやっちゃって!
でも連絡を頂いたら、喜んで相互リンクさせていただきます。
※あまりにアイマス・ニコマス・dbdbPと無関係すぎる歪みねぇサイトはダメかも?

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
dbdbとの連絡はこちら
作品マイリスト
RSSリンクの表示
リンク
ミテマスヨー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
検索フォーム
こんちゃ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。